死と再生と熊野いのちにつながる旅

2017年6月5日、丑三つ時。

脾臓が梗塞した。脾梗塞=心筋梗塞の脾臓版により、出血多量で死ぬ寸前だった。

当時、大田市場でセリ人をやっていた妻が、朝の3:30に家の廊下に明日のジョーの力石状態で意識を失っている俺を発見し、救急車を呼んだ。

病院へ運ばれるのが1時間遅かったら、家の廊下で俺は死んどったらしい。

真夜中、子どもたちはまだ寝ている故、1人で運ばれたから、家族の同意書も無しに、緊急手術となった。

朦朧とする意識の中、手術台で家族と別れる大きな寂しさに包まれた後、脳内物質がブッシャーと出て、それはそれは気持ちよくて、死ぬのは怖くないことを悟ったりもした。

時はさかのぼること、半年前、一従業員が弁護士もたて、年間で億単位の案件をかっぱらっていった。

表向き都合良く役員を語った男は、登記簿上役員ではなく、背任もできんかった。

(そいつは会社を辞める直前、うちの会社の信頼を利用し、新しい家と新しい事務所の契約をしていた。本当に仁義の無い、ばかやろうだ。)

小さく好き勝手にやってきた会社は、倒産も同然だった。

仲間を信じられる人のところに頼んだり、なんなりした。

役員の1人は、子どもが産まれてすぐだった。

辞めた後、かっこつけて「出産祝い」だと3か月分の給料を払ったあげく、家庭のキャッシュが無くなり、7万円だけ払えんと頭を下げに行ったりもした。。

「信じて任せる経営」は、明らかな失敗と絶望だった。

まぁ、信じられんかったけど、観ないようにしていた俺の阿頼耶識が現実になった結果だった。

人の心を見つめ続け、よく観えるようになった人通力、俺の仕事と役割は、俺自身に対しては、内側を観ないように都合良く逃げていた。

人のことはできても、自分のことはできん、いや、逃げていた。あからさまだった。

心が死ぬと身体が死ぬ。逆もしかり。

分かったつもりだったけど、なんにも分かっちゃいなかった。

多くの物を奪った、裏切った男の家の前に立ち、本気で人を殺そうとした。

家族を犯罪者の息子や娘にしたらあかん、と思いとどまった。

娘はまだ1歳になる直前だった。

怒りで震え、公衆の面前でゲロを吐いてしまったり、まさに記憶が飛んでいたり、人の心と身体のつながりの神秘を思い知った。

人に助けてと言いたいけれど、こんな顔は見せれんと変なプライドが邪魔をし、かっこつけマンだった己は、人の約束をドタキャンし、ひきこもって、昼夜を問わず、妻の太ももで泣く日々だった。。

心と身体はつながっとる。

こころといのちはつながっとる。

冥王星に最接近した手術台のライトの中、意識と無意識の間に潜む一筋の光を観た気がした。

いのちは遠のきながら、気持ちよかった。

不思議なことはいくつもあれど、それを楽しみたい。

そんなことを感じていた。

それだけは確かだった。

集中治療室で5日間を終えた。

確か3日目に意識が戻った。

ションベンも自分でできない身体だったけど、また気持ちよかった。

その間、俺の保管された携帯で、愛する女2人が女同士での対話をし、愛する人の器の大きさに、人生を変える覚悟もあった。

いろいろなものが崩れ、再構築された。

破壊と再生なんてきれいなものじゃなく、どろどろだった。

そう、どろどろだったからよかった。

人間は複雑で、愛しくも哀しい生きものだ。

だから、好きにやったらいい。

じわりじわりと、人は去り、好きなことを言い、

じわりじわりと、人は愛をくべてくれ、信じることを教えてくれた。

心の灯がともりはじめた。

営業もできず、ひきもりながら、

通帳は残高3万円までになった。

ただ、その時は安心していた。安心できるように、周りの環境が整っていった。

愛、家族、友情、仕事、仁義が整っていった。

人の心を扱う仕事は、ありがたいことに、順調に増えていった。

再生は、確実に進んでいった。

死に近づいたから、どうこうじゃないけど、己のまんまにはなってきた自負がある。

かっこつけとったなぁ、でも、まぁ、そうせざるをえんかったよなぁ、と己に問いかける。

そんな余裕ができてきた。

それはやっぱり、大きな宇宙と自然との繋がりの中での話だ。

死にかけても、まだ、つながっとる感があった。

つながっとる感。

何も不平を言わず、家から出られない俺に、太ももを貸し続けてくれた妻、

起きられない俺に、無邪気にダイブして遊んでくれる息子と娘、

ある日、あの時、己が新芽のような気分になった瞬間を明確に覚えとる。

鮮やかな黄緑色で、ムクムクっと音がしたのを覚えとる。俺自身に対して。

懐かしい匂いもした。不思議な話だ。

みんな元気かな?

会いたいな。

存在そのもので会いたいなぁ。って。

「無条件に存在そのものを愛すること」が心の底からできるようになってきとる自負がある。

それは、あなただったかもしれない。

それは馬だったかもしれない。

それは無人島だったかもしれない。

それは、あの船から観る夕焼けだったかもしれない。

それは、妻のまなざしだったかもしれない。

それは、息子の小さな手だったかもしれない。

それは、近所のあの子が俺を呼んでくれる声色だったかもしれない。

さまざまな粒子、瞬間がつながった感覚がある。一瞬が愛おしい。のだ。

「熊野いのちにつながる旅」は、そんな感じの心意気に行きたい。飛びたい。

イメージの先、自己肯定感のもっと先、ただただいのちであることに接地できれば、心1つになりきれれば、愛と平和があると思っとる。

そんな感じ。

旅のことは、2行しか言わんけど、すべてはつながり、縁起だもんで。

遊びましょう、心から。

遊び、迷おう、心から。

己の底にある衝動へ。

殺気や気配を手がかりにして、己に還ろう。心から。

おもいっきり悩んで戸惑って、おもいっきり熱く感じて生きたよ。

だで、もっと、生きたいよ。

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好きに飛んで、踊りたい。

人生はダンスだ。

行こう、遊ぼう。一緒にね。